シニア、あるいは高齢者大学で学ぶって?
【余生?】
シニア向けのなんとか大学って今はやっているみたいですが、本当にそこで時間潰してていいのかな。
学びたい、人と交わりたいというのは分かるけど、貴重な時間をそんなところで消費していて良いのかなと他人事ながら心配になります。
知り合いにも行っている人が何人かいるぐらいだから全体としてみたらそこそこ居るのだろうけど、うらやましいなぁ皆さんゆとりがあって。
退屈な毎日に辟易して、同じシニア仲間が居るだろう場所で何かを学んでみようとある意味意を決して入るのだとは思います。
でも、僕らにそんなに潤沢な時間が残されているわけではないと思うのです。
学ぶ内容については、それほど重要な問題じゃなくて、仲間と好きなことをしてやり過ごしていくだけで人生、十分満足できる人達なんだ。
嫌味じゃなくて、それでいいのだったらなんの問題もないとおもう。
それは、まさに余生の過ごし方。
余りの人生だから日々無目的でも楽しく過ごせて、それで満足できるならそれに越したことはない。
でも、本当に余生でいいんですか?
楽しく過ごすだけだったら昼間から仲間とビールを飲んでワイワイやっているほうがはるかに良いと思う。
いまさらそこで人から受動的に何かを教えてもらおうってどうなんだろう?
そんな時間ある?と思うのは私の偏見的見かたなんだろうか。
多分そうだ、そういう人がみんな受動的動機だと感じるのは、私が偏った見方をしているのだろう。
けど私としては、学ぶにしてももっと能動的なやり方があるのではないかと思ってしまうのです。
何か目的がないと耐えられない人間、それも問題ありではあるのですけどね。
【高齢者学校のパターン】
某ゼミナールのシニア進学具体例に以下の3点が上がっていました。
パターン1 文化や歴史;文学や語学;美術芸術を学ぶ。
★一般的な事柄をいろはから学ぶより本で独学したほうが効率的じゃないですか。
パターン2 ビジネス経験を社会に生かしたい 起業したい >経営学部MBAで学ぶ。
★起業の意思があるのなら、僕らは即起業しないと始める事が出来るようになった頃には、こっちが終わってますよ。
パターン3 人生経験をカウンセラーなどで生かし、ボランティア活動やNPOについて学びたい。
★カウンセリングもボランティアも資格は要らない。経験があるのなら即始めるほうが良いです。
その他にシニア自然大学のようなところで、自然や環境保護、エコについて学びたい人もいるみたいだが、そんな目的なら就農するとか、移住や2地域生活した方が絶対良いですよ。
【一般の大学へ入る】
最近は一般の大学がシニア枠を設けているケースもあるようですが、それはまた別の話。
欽ちゃん(萩本の)のように普通の試験を受けて入ったり、シニア枠に入るのは全く別次元だ。
かなりハードな目標設定をクリアして学校に行くのだから、それはたとえ入れない結果に終わったとしても無駄に終わったとは思わない。
入った後についても、シニアだけの中にではなく、若者の中に混じっていくのだから、精神面でも活性化されるし、若者のほうもオトナから学ぶことはいっぱい出てくるはず。
そう、シニア大学というものは、高齢者だけの世界で納まってしまうというポイントも気に入らない理由の一つです。
【世代混合の利益】
なんでわざわざ、シニアあるいは高齢者と名打たれたところへ行くのかな。
不思議でならない。
そんなに自分をジジババ枠に押し込めたいのだろうか。
何かを学びたいのなら普通のカルチャーセンターに行くので内容的にも十分!
いろんな世代が学びに来ているのでこっちの方が余程楽しかろうと思うのだけど・・・。
消えていくものしかない中で流れていくと必然的に、時間とともにポテンシャルが低下する傾向が強いが、高いエネルギーなどが混在している中だと上昇する可能性もある。
ジェネレーションが入り混じることでお互いに良い刺激が生まれ、新しい展望も生まれてくると思うのです。
学ぶということについて知識を得るというのは入門編であって、本質的には自分にないパターンについての刺激を受けることだと私は思っています。
入門編も必要ではありますが、われわれは経験もある世代なのだから、そこはさっと集中的に片付けてしまいましょう。