遺品の茶道具の仕分けをお願いする
久しぶりに手をつけた実家の整理
相変わらず、年に何回か帰省したときにしか実家の片付け・遺品整理に手をつけられないので、なかなか先に進んでいません。
たどり着くたびに大量の草刈からはじめるので実質時間的片付け時間は、ほぼ数時間です。
数時間でどれだけ片付くのか、こんなにとろとろとやっているとこっちが先に片付いてしまうおそれがあります。
茶道具の仕分け
今回は遺品の中でもかなりの割合を占める茶道具にターゲットを絞った。
茶道具などの専門性のあるものはくれぐれも自分で整理しようなどとせずに、その方面のプロに依頼するのが一番だということ、この度の件で実感しました。
時間的には法事が終わって3時ぐらいからの2~3時間しかなかったので、いくら相手がプロとはいえちょっと無理じゃないか、今回は止めておこうかという話になりかけていた。
引取りをかねて選定に来てもらうのは私の従姉妹である先生(もう35年の大ベテラン)とそのお弟子さん3名です。
8条の部屋の半分以上を占めて積み上げられた茶道具はいくら4人がかりとはいえ60歳代以上の4人では到底無理に思えた。
ごじゃを言いつつも素晴らしいスピードで片付く
ところが、はじめてみると口も動くが手も動く。
わけのわからぬ私たち兄弟にまで講釈しながらもどんどん片付いていく。
これは早そうだと思っていたら、それぞれがそれぞれの思惑の中で、片付けたものをまた引っ張り出し、実に整合性のない動きをし始めた。
私なら、「今はそれやってるのと違うやろ」とか云々、イライラして言いたくなってしまいそうな状況に見えるが、みな日常茶飯事なのか文句を言う人もおらず、それぞれがそれぞれの勝手な言動をしつつしだいに物は収斂していった。
「おぉ、片付いていっとるがな!びっくりぽんや。」
みなさん、さすがに好きで何年もやっている人たちばかり、ああ見えてやはりプロなんだなと感心しきり。
お茶も一口飲んだだけで、休憩も取らずひたすら口と手を動かしているうちに、彼女たちようやく6時過ぎていることに気がついた。
これは値打ちのあるもの、これは公民館に寄付する、消耗品はこちらなどと、3時間強ですべての分別が終わった。
私たち素人が見たらどれも同じ陶器に見えるが、彼女たちはその価値を瞬時に判断していく。
中には専門外のものもあるが、その場合は誰か他の人に見てもらうという判断に仕分けられる。
物も半分以上は引き取り手が決まって、残りのものもどうするか、処置の方向性もほぼ決まってしまった。
この辺りの方言では理路不整然とした言を「ごじゃを言う」という。
彼女たち、ごじゃを言いつつも想定外のレベルに片付けてしまった。
お代は無料ではないけど出来るだけ安く
一方で見守るこっちの兄弟はただただボーっと見ているか、ハイハイとうなづく以外にすべがなかったという体たらく。
せめて、記録と整理のための写真でも撮っておくべきだったと反省するばかり。
その物の価値の分からないこちらとしては、本当は全部さし上げても良い位だった。
しかし、それではけじめのつかないことも出てくるということで、本来あるべきところに返却するもの、寄付するものはともかく、個人で引き取ってもらうのはご当人の気のすむ価格で購入いただくということでお手伝い頂いた。
そこは気を使って多く出しそうにならないよう従姉妹に低めの目安金額を提示してもらえば、こちらも貰いすぎないですむ。
私たちがそれをやろうとしてもまとまりがつかなかっただろうけど、従姉妹の大ベテランにそこは仕切ってもらった。
縦社会を仕切るには彼女のようなベテランがいないと難しいです。
その鶴の一声で、遠慮とかためらいを吹き飛ばしてしまうのです。
さて、茶道具は目処がついた。
後は着物と宝石類も分別しないといけないが、宝石は今回持ち帰ってきた。
実家においていると気になっていたが、自宅だと今あわてて処分する必要もないなという思いに至る。