故郷の秋祭りは「あとのまつり」

   

秋祭りの時期は心が騒ぐがなかなか帰省できない年が多い

毎年10月になると心が騒ぎ始める。ちょっとひんやりした澄み切った空気に出会うと太鼓の音や掛け声が聞こえてくる気がする。
故郷の祭りの時期がやってくる。祭りは日付が決まっていて何曜日になるかは年によって異なる。休みが合えば良いのだが連休の谷間になったりするとどうにも休みを取れなくて帰れない。帰れないと本当にその期間、太鼓の幻聴が聞こえてきたりする。

 

船渡御

 

 

 今年は週末が本祭日で一段と賑やかになる

 

今年は久しぶりに最終日が土曜日で都合が良かった。平日が祭りだとさすがにちょっと淋しい祭りになる。この故郷の秋祭りは、未だに小中学校や一部地元の企業が休みになる。企業は休みにならないまでも参加者の休みは大幅に認められている。他地域に出て働いている人たちも参加者は1週間近い有給を取って、このために帰ってくる。彼らの1年は祭りを中心として回っているのだ。

 

残念ながら私がこの祭りに魅せられたのはほんの最近

 

私の場合、非常に残念ながらそれほど昔からこの祭りにはまっていたわけではない。私の父は若い頃から参加しており、幼い頃には連れて行ってもらった記憶もあるが、お嬢様だった母が関心を持たなかったこと、私の住む地域が祭りに直接絡んでいなかったことや、ちょうど私の青年期にかけて衰退していた経緯もあって、青年の頃にはこれっぽっちも関心がなかった。友達の間でもそんな話題も出ることはなかった。

青年期というものは新しいものが次々と出てくるので地域の祭りになど関心を寄せる余地はなかった。それを考えるといまどきの若者たちは偉いと思う。ちゃんと地に足のつけ方がわかっている。

 

みこ

 

 

ただ、幼い頃に体験した大人たちの興奮や喧騒、太鼓の響きは深く深く刻みついていた。物心ついてからのち、古さを上からしか見られない状態が続くうちに、祭りがあることさえ認識がなくなりかけていたようだ。その後は10月の半ばという中途半端な時期に帰省する理由もないまま十数年が過ぎ、何も知らないうちに祭りは大復権を果たしていたのだ。結婚してたまたま祭りに出会ったときに、今更ながらこんなものがあったのかと感動してしまったのである。

 

もはや当事者にはなれず観覧者でしかない現実

 

実をいうとそれは、ほんの10年ほど前のことなのだ。しかしながら認識したときには時すでに遅く、今更当事者となれる年代は過ぎ去っており、あくまでも観覧者の立場での参加しか出来ない事態になってしまっていたというのが現実だった。いくら好きだ好きだと言い続けたとしても当事者にはなることはできないのだ。
これは、わが人生の大いなる悔いですな。非常に残念で喪失感漂う。

 

今は写真とビデオに撮りまくるだけ

 

今はただ、ひたすら写真を撮り、動画を録り、追っかけをするぐらいしかできない立場だが、幸い従兄弟が1人と、姪のだんなが現役で頑張っている。彼らを追いつつ、自分も多少は関わっている感を味わいつつ、その子供たちに記憶を残してやれるだけありがたいと思わなきゃと、自分を慰め太鼓の響きに身を任す。

 

※下の動画も同じですが、できれば低音の響く音を出して見てくださいね。

 

どんどん賑やかになるのが嬉しい

最近では参加地域グループ数も増え、賑やかになり、特に祭りの期間中はどこにこんなに人が居たんだと思うほど若者の姿も増えて活気のある街になるのが嬉しい限りだ。
人口自体は減っているだろうから現実の参加者確保はかなり困難だろうけど、都会へ行ったものもこの祭りにとらわれた者は確実に帰ってくる。この辺りは全国規模の会社の工場も多くあるので、もともと他地域の人たちの参加も増えている。そのような人たちも含めて、祭りを中心に地域愛も大きくなってきているのも非常に喜ばしい思いでみている。

※3秒、音声がメインです。撮影者も声の主

 

薄れていく故郷とのつながり

 

いまや、故郷に親兄弟は誰も居ない。
幼い頃から私を見ていてくれた叔父たちも居なくなった。
実家は空き家である。
家内の実家の方がまだ誰も欠けていないのでまだしもだが、いまや故郷の存在が自分の中で薄らぎ揺らぎ始めているのを感じる。

港

祭りがその絆を深めてくれている

 

この秋祭りは薄れかけてきた自分と故郷の地の繋がりを留めてくれるものの中でも大きな存在を占めることとなり、それがまた私をこの祭りへの思いへと走らせているのだと思う。
父に連れられ八幡神社の境内でみた太鼓台や、自宅前で母と見た御神輿の乗った船渡御の2艘舟、その記憶はこれからもこの祭りと一緒に存在するのであって消え去ることはない。

 

娘も一目見て魅力を感じてくれた

 

一昨年、たまたま娘が一緒に祭り時期に戻って来た。娘にとってはほぼ始めて見る祭りだったが、いたく感激したようだ。残念ながら仕事などでそれ以来見に来ることは出来ていないが、彼女にも心に触れるものがあったようで、何らかの思いを抱くものになったようである。ありがたいことである。この土地とはそれ程深い繋がりのない彼女にも我が故郷との間にこうして何らかの絆が生まれてくるのは嬉しいことです。

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