マンションそれとも一戸建 今から思う終の棲家の姿

   

動けない程年を取ったら

前記事で、居場所を失うことを冗談めかして書きましたけど、より高齢になるときのことを考えると、なかなか判断の難しい問題になります。
後期高齢者等になり、働けなくなって本当に行くところがなくなったら、辛いでしょうね。

 

ひとひと

 

 

マンションだと外にも出られない

 

行くところが有るか無いかという段階は、まだ自分主体ですが、人は年を取るにつれ行けるところが少なくなってきて、ある時からはどこへも行けなくなるのです。
そうなったときには、一戸建ての家ならまだ、庭ぐらいには出られますが、マンションだとほぼ玄関を出られなくなります。

 

公園も無い中途半端な街で

同じマンションの住むお年寄りの方も、会う度に退屈地獄だと嘆いています。この方達は、70過ぎてから、山の方の一戸建てから、一応街にあるので便利な、このマンションで老後を送ろうと引っ越してきて、10数年です。
それでも、80歳を過ぎると外に出ても道路しかない、マンションの周辺を歩くしかありません。
この辺りは郊外の田舎町なのですが、その中央なので部分的に公園も緑もないところなのです。そこで四季の移り変わりも乏しい風景の中をただ歩くか、家の中でテレビを見るしかない生活になってしまうのです。時折ご夫婦で近所を散歩する姿を拝見すると他人ごとじゃないなと実感します。

 

コンパクトで安全なマンションだが

畑もやっている私たちは今、一戸建ての方が良かったと思うこと多いのですが、一般的に老後は生活のし易い街中のマンションに移り住むことが多いようです。
その方がコンパクトで安心できるということなのでしょうが、コンパクトということは現象も、行動範囲も少ないということなのです。言わば箱の中の生活になってしまうということなのです。

 

本質的にはどちらも同じ

更に進み、外に行けなくなれば本当に箱の中で与えられたらものだけで生きていくということになってしまうのです。それってとても悲しい、喜びのない生活だと思うのは、今まだ元気な私が思うからでしょうか?いや、それは実は一戸建て庭付きに住んでいても程度の違いだけで、本質的には変わらないものかもしれません

 

幸せは建物や傍目に関わらず

先日、義父が93で亡くなりました。
田舎の3世代同居、4世代目も声を上げれば届く近さに住んでいました。経済的にも何の不自由もありませんでしたが、それでもこの10年は孤独の中に生きていたように思えます。
元々は手先の起用な多趣味の人でしたが、ある頃からなんにもしなくなったのです。動ける範囲が少なくなっても、規則正しく運動はしていましたが、そうして受動的に生かされていることが嫌になっていたのかなと思います。恵まれてはいましたが、本人にして見れば、もう十分だという感じじゃなかったのかな。最後は家の外形的有り様などどうでもいいものだったのではと思います。

 

くつろぎの家

 

 

最大の目的、一生掛けた家って?

建物としての家って人の幸不幸と関係があるの?ということになりますね。マンションだろうと一戸建てであろうと、大きかろうと小さかろうと人がちゃんと自立して生活している間、便利かどうかというだけのものですね。最後まで守ってくれるものでは無いようです。必死で買って、大半はほぼ一生かかってお金を払っていく家。
最終的には持て余すことになることの多い家。今も所々残っている制度としての家とあんまり変わらないものかもしれないと思ってしまいます。大家族を前提として維持されていた家制度の方がまだしも高齢者の幸せには近いものかもしれないですね。

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